特高


話にはきいたことがある。でも、実際その時代に生きていた人の実体験は、説得力が違う。


 特高。大正から昭和初期の、特別高等警察。当時、外国の文学の翻訳「翻訳モノ」は、読むのを禁止されていた。でも、人々は裏でそっと回し読みをしていたらしい。特に人気のあったロシア文学は、共産主義を助長するものとして「アカ」の読み物としての汚名を着せられていた。読んでいるのが見つかると、特高に大変酷い目にあわされるのだという。


 ツユさんも、「怖くて読めなかった」という。ある日、翻訳モノを読んでいた青年が、特高に連れて行かれて、殴る蹴るの暴行をされて、顔を腫らして帰ってきたのを目撃したことがあるという。翻訳モノを読むことは、命がけだったのだ。


 それでも、女学生は頭を使い、特高に見つからないように、翻訳モノを回し読みしていたらしい。当時流行っていたのはロシアの「赤い花」という作品。わら半紙のような紙に書いてある、粗末なものだったが、女学生たちは表紙を隠し、ページの間に千代紙をはさんで、外からは「翻訳モノ」だとわからないように、カモフラージュをして持っていたという。


 そこまでして、というか、そこまでするから、尚読みたくなったんだろうなあ。何でも手に入る今の世の中だと、そんなスリリングで怖い経験などできない。だから、本を読まない人が増えてくる。


 読むなといわれると、ますます読みたくなる。いつか、そういう本を書いてみたいものだ。(怪しい本じゃなくてね。)


[vengavale 今日のいちおし] (漫画)「オルフェウスの窓
オルフェウスの窓 1 (集英社文庫―コミック版)

ドイツ、オーストリア、ロシア、ノルウェイと、ヨーロッパとロシア革命当時を舞台にした、「池田理代子の最後の恋愛漫画」と呼ばれる傑作。登場人物が、みんな深く誰かを愛していて、そのためなら聖者にも悪魔にもなれるという、かなりすごい漫画。実はvengavaleの人生を変えた一冊でもある。